アンバウンド・グラベルに日本から3人の「ノルンジャー」が初挑戦した。グラベルアンバサダーのニック・レーガン氏との対談によりレースの走り方を探ります。ハイスピードの集団走行、補給食やドリンクの摂り方、ペース配分etc...。未経験で疑問だらけの3人が、初めてのグラベルレース挑戦のための実戦的アドバイスを訊いた。
ノルンジャーとは、プロMTBライダーの永田隼也ら6人の仲間たちが結成するライドユニット。MTBライドをルーツに、長距離ロードツーリングやグラベルライドなどを通して日々トレーニングに励んでいる。
ニック:日本から長いフライトを経てはるばるカンザスへようこそ!そしてレースでは長い距離を走るね。3人ともアンバウンド出場が初めて、グラベルレースに出るのも初めてって聞いたよ。
ジュンヤ:そうです。3人ともピュアビギナーです(笑)。グラベルレースの走り方を教えてほしいんです。アドバイスを下さい。
ニック:もちろん。誰だって最初は疑問だらけだよね。

シェイクアウトライドを一緒に走ったニック・レーガン(左)と永田隼也 
レジェンドライダーと一緒に走ったのは素晴らしい体験だった

レース日までは毎日シェイクアウトライド(試走会)が開催される photo:Makoto AYANO
ジュンヤ:昨日はシェイクアウトライド(コース試走)で、世界中から来たグラベルライダーやレジェンドたちと走ったのが楽しかったです。グラベルにも慣れることができたし、時差ボケ解消にもなるし、早めにエンポリアに入って良かったです。
ニック:昨日は一緒に走れて楽しかったね。ここでは皆が友人だ。レジェンドのテッド・キングが友達のように一緒に走ってくれる素晴らしい雰囲気だろう? それがグラベルレースの良いところだね。

以前から交流のあったアマンダ・ニューマンとも一緒に走った 
Gravel Hall of Fame=グラベル殿堂入りしたレジェンド。左から2番めはテッド・キング
ジュンヤ:エンポリアの街全体が歓迎してくれているのが嬉しいですね。他のジャンルのレースと違ってギスギスしてなくて、とても居心地がいいです。

ユーモアたっぷりにグラベルレースの走り方を教えてくれたニック・レーガン氏(シマノ・ノースアメリカ) photo:Makoto AYANO
黎明期からグラベルアンバサダーとして活動し、現在はシマノ・ノースアメリカに勤務、グラベルの普及につとめている。200マイルを5度、XL360マイルも2度完走している。元ジャーナリストでもあり、バイブルとされる書籍「GRAVEL CYCLING」 (2017年刊)の著者。グラベル界への貢献度が認められて昨年「Gravel Hall of Fame」(グラベル殿堂)メンバーに選出されたグラベル界のリーダー的存在。妻のクリステンさんも数々のレースで優勝しているレジェンド。ニックがグラベル創生の歴史と変遷を解説した記事はこちら。

エキスポのシマノブースでスノーボール(かき氷)を食べながらの対談だ photo:Makoto AYANO
ニック:初めて走るカンザスのグラベルはどうだった?
ジュンヤ:コース試走をしてみて、グラベルがスムーズで走りやすいことに驚きました。軽く走れてスピードも出て、楽しかったです。走行感が軽かった。日本のグラベルはガレていて、MTBのほうがいいことが多いんです。そしてフリントヒルズは美しいと思いました。

カンザスのグラベルの路面は走行感が軽く、走りやすかった photo:Makoto AYANO
ニック:エンポリアも30kmも郊外に出れば、本当に雄大な大自然が広がっているんだ。丘が多いし、ラフで荒れた道も多くなる。石が多くなったり、テクニカルになったり。とくにXLのコースには細くてマイナーな道が採用されることが多くなる。集団が小さくて、広い道である必要がないからラフなグラベルがコースに採用されるんだ。変化が多くて美しいよ。

永田隼也 photo:Makoto AYANO
プロMTBエンデューロレーサー。16歳でJシリーズのダウンヒル・エリートクラスに当時最年少で優勝。2015年に全日本選手権優勝。エンデューロ競技の国内第一人者として国内外でレースに参戦し、2020・2021・2023年にエンデューロナショナルシリーズで総合優勝。現在は現役アスリートながら選手のサポートや JCFのマウンテンバイク部門のナショナルコーチもつとめる。
綾野(CW編集部):ジュンヤはプロのMTBダウンヒラーで、1年前にスキーで転んで肩を骨折して以来、レースに出ていないんです。1年間も。でもとてもパワフルなライダーで、彼なら年代別のポディウムが狙えるんじゃないかと思っています。
ジュンヤ:いやいや、そんな(と謙遜)。僕はパワーはあるけど体重が重いし。
ニック:いや、もし上位が狙える可能性があるならチャレンジしない理由はないよ。アンバウンドは坂はあるけど、どれも短い。パワーで押し切れるからね。初めてでもリザルトにトライすべきだね。それがレースの楽しみ方だよ。

エンデューロやダウンヒルを本業とするMTBプロライダーの永田隼也 
XLに初出場する福田暢彦。世界中のグラベルレース参加の経験がある
ジュンヤ:1年間レースから遠ざかっていましたが、5月のニュージーランドでのレース「クランクワークス」では入賞することができました。ジャンプの多いダウンヒルレースでしたが、路面のギャップは少なかったので肩に負担がないスムーズなダウンヒルだったんです。MTBではひとまずカムバックを果たした。そして次のチャレンジはグラベルです。この一年間、トレーニングで一生懸命ロードとグラベルを乗り込んで、エンデュランス能力の向上につとめてきました。
ニック:素晴らしいね。うまくいくことを祈っているよ!
ジュンヤ:でもグラベルレースのことは何もわからなくて、不安しかないです。自分で申し込んでおきながら、200マイル=320kmのレースなんて想像もできません! しかもグラベルだなんて!(笑)
ニック:君のMTBテクニックはグラベルレースで必ず活きてくるよ。集団で走るときはとても密集度が高くてナーバスなんだ。でもテクニックがあるということは、ギャップを避けたり転んだ人を避けたりするのに有利ってことだから。それは本当にアドバンテージがあるんだ。心配することは何もないよ!

200マイルのスタートに並ぶプロMTBエンデューロレーサーの永田隼也(左)と田村繁貴 photo:Makoto AYANO
ジュンヤ:レースでは何を重視すればいいですか?スピードを落とさないこと? できるだけ速く走り続けること?
ニック:いい質問だ。そうだね。僕がよくアドバイスするのは、まずスタートがとても大事だということ。いいスタートが切れるようにスタートに早く並ぶこと。前でスタートする。それはどのクラスでも同じく重要なんだ。
ノブ:ホントに? のんびりスタートしようと思っていたのに!(笑)

4,000人以上が集まるため希望時間に走り出すにはスタート地点に早めに並ぶ必要がある photo:Makoto AYANO
ニック:ボヤボヤしないことだね(笑)。スタートすると皆がすごく速く走り出すんだ。最初の1時間は大きな集団で進むから驚くと思うよ。近年プロ選手たちが50Cなどの太いタイヤを使いたがるのは、集団走行は密集度が高くて前や路面がよく見えないからなんだ。路面の穴や轍があってもパンクしたり転んだりしないように、太いタイヤを使うんだ。

スタートしばらくはハイスピードで大集団で進んだ200マイルクラス。田村繁貴(左端)と永田隼也(3番目) photo:Lifetime
でも君のマウンテンバイクのスキルがあれば、前で何があっても避けることができる。テクニックがあればジャンプして飛び越えたりできるだろう?

パンクして嫌になってるエントラントは珍しくない photo:Makoto AYANO
そして前でスローダウンしたり路上で停まっている人が居たら気をつけること。なぜならそれは穴や岩でパンクしたり、何かが原因で転んだりしているからで、前方で立ち止まった人を見たら「気をつけろ」のサインなんだ。

序盤は密集度が高すぎるためグラベルのコーナーは要注意だ photo:Makoto AYANO
そしてもし路面が難しくないところでハンドルから手を離す余裕があるなら、すかさず水を飲んだり補給食を食べたりすること。スキを見つけては常に飲んだり食べたりするんだ。ハンガーノックや脱水にならないようにね。そしてチェックポイントではなるべく急いで、止まっている時間を少なくすること。それがタイムに効いてくるんだ。

チェックポイントではすかさず装備を入れ替え、補給食を追加する。CPでだけスタッフによるサポートが認められている ©Life Time
ノブ:休んじゃいけないんですか?? のんびりしようと思ったのに!(笑)
ニック:もちろん休むことも大事だけど、一度座ると動けなくなるんだ。長く座り込まないこと。それはXLでも同じ。僕の妻のクリステンも、座らずにゆっくりでもいいから動き続けることを心がけてるって。座り込むと動けなくなるんだ。補給食の受取やボトルの水の補充なども、できるだけ素早く済ませること。

「初めてのグラベルレースは不安しか無い」と田村繁貴 photo:Makoto AYANO 
「のんびり行こうと思ってたんだけどな〜」と 福田暢彦
ノブ:僕はもし冷えたコーラやポテトチップスを見つけたら、つい止まっちゃうと思います。
ニック:もちろんそれはいいよ(笑)、リフレッシュと気分転換になるからね。でもなるべくロスを少なくね!

田村繁貴 photo:Makoto AYANO
グッドイヤータイヤに勤め量産車OEタイヤの開発に携わるエンジニア。かつてはサスペンションのSHOWAにてオフロードバイクの開発に関わり、MXGP、EnduroGP、ダカールラリー等で世界のレースの現場をサポート。ダウンヒルMTBのホンダRN01の開発にも携わっていた。自転車はMTBダウンヒルレースから始め、トレイル、ロード、シクロクロス、グラベルと、オフロードをメインに20年楽しんできた。アンバウンドが初のグラベルレースで200マイルにエントリー。
タム:僕は日没までにフィニッシュできるかどうかが怪しい、極めてボーダーライン上に居るライダーです。完走タイムは14時間ぐらいが目標です。どういった戦略をもって走ればいいですか? どのグループでスタートすればいいかなど、何もわからないから良いアドバイスを下さい。

9時間台のスタートにはハイアマチュアの強豪選手たちがずらりと並ぶ photo:Makoto AYANO
ニック:OK、今から話す秘密の作戦は誰にも内緒だよ(笑)。朝のスタートラインは10時間、12時間、14時間〜などと想定タイムを記したサインボードで区切られている。もし君が14時間の完走タイムか、それより少し速く走ることを目指すなら、12時間の後方に並ぶといいね。なぜなら前でスタートするほどドラフティングが使えるんだ。

目標タイム14時間のスタート 
スタートを待つ田村繁貴。永田隼也とともに当日は8時間台の後方に並んだ

大集団で進む先頭グループ。ロードレースのようなドラフティング効果がある ©Life Time
スタートしてどんどん他の選手にパスされていくだろう。でもなるべく流れに乗るんだ。追い上げていくのは大変だけど、ゆっくり下がっていくのは苦痛じゃないはず。そして着いていくのにあまり無理はしないように。そして君は先頭を牽く必要がない。
タム:ほぇ? それっていいんですか?(笑)
ニック:僕の意見では、君は先頭を牽かないことだね。集団にただついていく。そして大きなエネルギーを使わないように心がけて走るんだ。終盤までは、なるべく前を牽かずにおとなしくしていること。
タム:なるほど〜。
ニック:レースは驚くほど速い。まだ君はレースの走り方を知らないんだから、エネルギーを浪費しないこと。先頭を牽いて無理すれば最後にパンチが効いてくる。前に並び、集団について行って、まず走りながらグラベルレースの走り方を学ぶこと。
でも気をつけたいのは、集団内に居ると前で誰かが穴に落ちたり、クラッシュしたりすれば、それに巻き込まれる恐れがあること。だから前をよく見ることに集中する。できるだけ前でスタートするのは、速いだけでなく走り方が安全で上手い選手が多いこともメリットなんだ。

薄暗い平原を進む200マイルレースの集団 photo:wilier
そして、もし暗くなってからフィニッシュする予想ならば、ライトとヘッドライトをチェックポイント2に送っておき、そこで受け取ること。そうすれば余計な重量物のライトを一日じゅう運ぶ必要がなくなる。USBバッテリーなんかもそうだね。後半に使うものは中間地点に送っておくといいんだ。余計な補給食もね。

ハイドレーションバッグを使う選手は多い photo:Makoto AYANO
タム:なるほどそうします。そして今日2つめのハイドレーションバッグを買うつもりです。
ニック:そう!それならチェックポイントで背負い替えるだけで、水を入れ替えるロスタイムが無くなるね。
もしボトルが必要なら言ってね。シマノではキャンペーンの「UNITED IN GRAVEL」ボトルをつくったから、それをあげるよ。ところでライト、補給食、装備などの用意はもうできてるの?
ノブ:はい。でもGPS用のサブ電池だけ用意ができていないので、ウォルマートで買うつもり。

福田暢彦のバイクのヘッドライトは北米調達だ photo:Makoto AYANO 
バイクのライトに加えてヘッドライトも欠かせない装備だ photo:Makoto AYANO
ジュンヤ:200マイルクラスもライトが必要ですか?
ニック:フィニッシュ時間によるね。もし速く走るなら不要だ。明るいうちに帰ってくるからね。途中で日が暮れちゃうようなら、ライトが無いならいい友達を見つけて一緒に走ることになるね(笑)。
タム:あぁ、すべてが不安なんです。心配しか無いです....(大きなため息)。
ニック:楽しもう! 走り出すといい時間だよ。心配は何の役にもたたない。もし何か大きな問題が起こったら、自分のなかに抱え込まずに周りの誰かに助けを求めることだね。グラベルレースはセルフサポートが原則だけど、皆が力になってくれるよ。一緒に走っているライダー同士で助け合うんだ。

Crew for Hireエリア。ボランティアがヘルプしてくれる 
有料のCrew for Hireブースではジェルやバーなどを配布してくれる
Crew For Hire:(ドリンクや補給食などの提供があるほか、ドロップバッグを預けることができる有料のサポートサービス)には申し込んだ?
タム:もちろん。3人ともレースを走るし、サポーターは連れてきていないので申し込んでいます。
ニック:チェックポイントには何を預けるか、もうプランは立てた?
タム:預けるドロップバッグの中身を考えているんですが、初めてだからよくわからなくって。さっきエイドで座り込まないことが速く走るコツとお聞きしましたが、エイドで止まらないことはどれぐらい重要ですか?

Crew for Hireのボランティアが補給をサポートしてくれる 
預け荷物もゼッケン番号で管理され、ボランティアが手渡してくれる
ニック:でも水の詰替えにストップするのは確実にね。スムーズにやれば1分だし、ボランティアも手伝ってくれる。そしてエイドで水や補給食や必要なモノをすべて受け取るのも同じくらい重要だよ。ある人は携帯電話のメモにエイドで受け取る品のチェックリストを保存しておいて、それを見て確認するという話も聞くよ。「ボトル2本、ハイドレーションに水を補充、エナジーバー5本、ジェル5つ、ミネラルタブレット、チェーンにオイルを注す」などと復唱して、すべて完了したらGo!とね。
ある年ラクラン・モートンがボトルを忘れたんだ。彼でさえ慌てていたら失敗する。だから一旦立ち止まって確認するのは、急ぐことよりも重要だよ。もし何か大事なものを忘れたら、走り続けられなくなってしまうからね。

2024年の泥区間では担ぎや押し歩きを強いられる選手の長蛇の列ができた photo:Aaron Davis
タム:ルート上に悪名高い「ピーナッツバター・マッド」の泥区間はありますか? 2年前のレースでは泥まみれになった自転車を担いで13km歩いたという話を聞いて、恐怖を感じています。

泥にスタックして立ちすくむ(2024年) photo:jojo fritz 
木のへらで泥を掻き出すが、粘りが強くて負けてしまう(2024年)
ニック:それは答えるのが難しい質問だね。コースには北周りと南周りがあって、2年毎に北と南ルートを入れ替えて開催されている。泥で有名なのは南で、今年は北。北ルートは泥の心配は少ないんだ。雨は降るかもしれないけど、北は乾くのが比較的早い土壌で、その点はいいことだね。
タム:それでも泥の可能性はありますか?
ニック:それも答えるのが難しいけど、無いとはいえないね。クリーククロッシング=沢渡りはあるね。その付近の路面は泥になる可能性があるけど、心配するほどじゃないと思う。でも可能性はある。泥の掻き出しスティックは持った?
タム:エキスポのどこかのブースでもらえると聞いたので、これから探してみます。

泥の掻き出しに使えるスティック(木製へら)はアンバウンドの必需品だ photo:Makoto AYANO
ニック:スティックはペイントに使う木のヘラで、強度があって泥の掻き落としにすごく向いているんだ。それを背中のポケットに入れて走るんだ。使わないかもだけど、それを持ってないときに限って泥は現れるよ。笑

シリコンスプレーを現地で購入して泥対策にバイク各部に吹き付けた 
日本のグラインデューロのマッドガードを持ち込んだ福田暢彦
タム:僕はシリコンスプレーを買いました。フレームやホイールとの隙間に吹きかけて泥の付着を少なくするつもりです。
ニック:それはシクロクロスでよくやるグッドアイデアだね。 タイヤサイドやリム、ディレイラーなど、泥が被りそうな場所にかけるといいよ。でもディスクブレーキには吹きかけないようにね(笑)。

泥を避けて草地を行けば、濡れた泥と草がバイクに絡みついてくる photo:Makoto AYANO
ノブ:道の両脇の草地を行けば泥が詰まることが少ないと思うんですが?
ニック:でも草がディレイラーに絡みついたりするから注意だ。そして毒のある草もあるから深い草地に脚を踏み入れないこと。牛の居る放牧地帯では有刺鉄線や電気柵にも注意だ。

ガレたグラベルの丘が続くリトル・エジプトを行く女子エリートの先頭集団 photo:Dan Hughes/Lifetime
泥の心配は少ないけど、難所として有名なのは「リトル・エジプト」という区間だね。岩がゴロゴロしてすごく荒れているんだ。でも君らはMTBオリジンのライダーだから心配ないね。危険な岩やギャップがよく見えているはずだから。パンクには気をつけて。ジャンプして跳び越えちゃえばいい。君たちのセクションだね!(笑)

初出場でXLを走る福田暢彦 photo:Makoto AYANO
ズイフト・ジャパン代表。2024年からはオーストラリアのRADLグラベル、北米コロラドのSBTグラベル、北米カリフォルニアのBWR(Berigian Waffle Ride)など、仕事を兼ねて世界のグラベルレースを数多く走っている。今回のアンバウンドXLクラス初出場の準備や装備については自身のnoteに詳しく綴っている。
ノブ:僕はXLに出ます。350マイル=560kmの超長距離レースは初めてなので、どうやって走るか想像もつきません。

XLを走る福田暢彦のバイクはバッグが満載だ photo:Makoto AYANO
ニック:アンバウンド初出場がXLって勇敢だね。その心意気が素晴らしい!僕も完走したことがあるし、今年は妻のクリステンも出るんだ。彼女は2年前にXLに勝っているんだよ。
ノブ:ワォ! そのときの彼女のタイムを覚えている?
ニック:タイムは覚えてないけど、2年前は泥が酷かったからタイムは遅めだったよ。

黄昏迫るなかを走るXLクラス。ラクラン・モートン(オーストラリア、EFエデュケーション・イージーポスト)にテッド・キングが続く
ノブ:今年はラクラン・モートン(EFプロサイクリング、昨年の200マイル覇者)がXLにクラス替えして、ペースが例年よりずっと速くなると予想しています。
ニック:それは間違いない。そう、今年は男女ともに強い選手がXLに揃っているから速くなるはずだ。だからロスをなるべく少なくして、なるべく前のほうのグループに着いていきたいね。
でもXLは素晴らしい体験だよ。走っている間じゅう、美しい大自然を全身で感じることができるんだ。夜、もし星が綺麗なら停まって眺めてもいいよ。
でもXLは「セルフサポート」が原則だからエイドステーションは使えない。Crew For Hireも無いから、必要なものをすべて自分で用意して運ぶ必要もあるね。そしてもし自転車を壊してしまったら動けなくなるから、丁寧に走ること。

途中でソックスを替えた福田暢彦。「こうなることは経験でわかっていた」 photo:Nobuhiko Fukuda
ノブ:予備のソックスを持って走ります。途中でリフレッシュのために履き替えるつもり。
ニック:いいアイデアだね。さすがグラベルを走り慣れているね。
ノブ:そうしてどんどん荷物が増えます。「あれもこれも必要」と(笑)。

夜のガソリンスタンドで食料を買う。日本のコンビニのような美味しい弁当や惣菜は無い photo:Nobuhiko Fukuda
ノブ:ひとつ疑問なのは残り230km区間に商店もガソリンスタンドも無くて、どうやって補給すればよいかがわからないこと。後半だからそのぶんの補給食をスタートから持つのは現実的でないし、そうした場合はどうすればいいでしょうか?
ニック:それは主催者に質問してもいいね。だいたいそういうときは大会側のサポートがあるはず。補給食スポンサーのエナジーフードや水を用意してくれていると思う。僕の妻もそれを頼りにしているって言ってた。

スタートまでに連日ブリーフィング(説明会)が開催される 
XLクラスのライダーには現在位置確認用のビーコン携行が義務付けられた
ノブ:このあとのブリーフィングに出席するから、そこで確認してみます。
ニック:そうだね。そうした疑問はたいてい解決できるから、ブリーフィングに出ることはとても重要なんだ。わからないことは聞いて解決しておくと心配が減るね。そして走っているときに助けが必要なら、隣を走っている選手に頼んでみること。ここでは皆が助け合うよ。競い合っていてもお互いの安全が第一だからね。日本人が得意な遠慮は、ここでは必要ない。

XLを走る福田暢彦。日が暮れてきたが、359マイル=574kmのレースはまだ始まったばかり photo:Lifetime
ノブ:走りながら寝ないように、起きておくアイデアは何かありますか?
ニック:そうだね。目覚ましにはカフェインが役に立つけど、本当に必要になるまではカフェインを摂らないことかな。僕の場合は午前3時から夜明けまでの時間帯がもっともツライね。必要なときにカフェインが効くように、それまで控えておくんだ。
ノブ:明日はコーヒーを飲まずに走り出そうと思っていました。
ニック:それは賢明だね。眠くなったら一緒に走ってるライダーとおしゃべりするのもいいね。気を紛らわせる手段を探すといい。あと、レースに備えて今日はたくさん寝ることだね。隙間をみつけて寝るんだ。レースを前にして興奮するのは分かるし、ついエキスポを歩き回って見物したりしたくなるけど、それで疲れて失敗した人を多く見てきたよ。早くホテルに帰ってゴロゴロするといいね。たとえ20分の細切れでも居眠りするといい。寝れなくてもベッドで横になっているだけで体を休めることになるよ。休んで水をいっぱい飲んで、リラックスすること。

XLはすべてセルフサポート。外部からのサポートは認められていない photo:Life Time
ノブ:今までの経験だと、フィニッシュまであと少しというときがいちばんツライです。
ニック:そういうものだね。
ノブ:そうしたときのために梅干しを持っていきます。ラッキーストライクも(笑)

沿道の住民がドリンクを差し出してくれることがあるが、これは取ってもOKだ 
グラベルレース中に食べるピクルスの酸っぱさが効くという
ニック:ウメボシ、あぁ知ってる。とても酸っぱいやつだね。アメリカではきゅうりのピクルスがそれにあたるよ。その漬汁、酸っぱいピックルジュースも100と200マイルのエイドには必ず用意されている。酢と塩分を身体が欲するんだね。
綾野:日本でも登山者が漬物の素をドリンク代わりに飲んだりしますね。グラベルライダーもそれを真似てきています。
ニック:効きそうだね! それでも瞼が落ちてきたら、自転車を降りて歩いて気分転換するといいよ。もし夜明けの時間帯の寒さに着込んでいたら、ジッパーを開けて冷たい空気を胸に取り込むといい。

XL=574kmを32時間でフィニッシュした福田暢彦。450km地点で熱中症になり、リタイアも考えたという photo:Lifetime

落車で腕を負傷してリタイヤした田村繁貴が夜中にフィニッシュした福田暢彦を迎える photo:Makoto AYANO
ニックからアドバイスを受けたノルンジャーの3人。レースでは200マイルに出場した永田隼也が12時間41分26秒の好タイムで完走。M35-39クラスで42位(111人中)、総合211位(897人中)だった。
同じ200マイルに出た田村繁貴は、約80km地点で集団で発生した落車に巻き込まれ、コースアウトして転倒。腕を負傷し、かつバイクも破損したため第1チェックポイントでリタイアした。「痛いけど、すでにリベンジに燃えています。来年こそ完走します」と、退院してすぐの田村は腕を攣ったまま心中を吐露した。
XLに出場した福田暢彦は450km地点で熱中症になり、数時間動けなくなってリタイアも考えたというが、最終的には再出走して32時間58分29秒のタイムでフィニッシュ、総合101位(116人中)だった。そして早くも来年はノルウェーのウルトラディスタンスレースにチャレンジする計画を考えはじめているという。

スペイン・ジローナのグラベルレース、The TRAKA ©The TRAKA
ニック:8月のネブラスカ州でのGravel World(グラベルワールド)はハードだけど路面が軽くて速いレース。僕もまだ走ったことがないけど、スペインのグラナダでのBADLANDS(バッドランズ)と、ジローナでのTRAKA(トラカ)はロケーションとルートの素晴らしさで人気が急上昇しているよ。どちらも厳しいけど、長距離グラベルレースが伸びているね。
ジュンヤ:アメリカにはアンバウンドの他にもグラベルレースがありますか?
ニック:もう数え切れないほどにね。BWR(ベルジャンワッフルライド)シリーズ、LIFETIME(ライフタイム)シリーズ、10月のBIG SUGAR(ビッグシュガー)、コロラドでのSBTグラベルetc...。
ノブ:SBTグラベルは走ったことがあります。標高が高くて大変でした。
ニック:それはすごいね。海抜0m地帯から来た人にはキツイよね。僕と妻は標高2,000mのコロラド州に住んでいるからアドバンテージがあるんだけど、それでも空気が薄いのはツライね。アメリカには他にも小さなグラベルレースがいっぱい増えているね。日本のレースはどうなの?
ノブ:日本にはグループライドがいくつかあるけど、まだレースが無いのが残念です。日本は道路使用許可をとるのが難しい国で、グラベルとはいえレース開催が難しいんです。
綾野:でも8月末には宮城のやくらいで初のレースが始まります。今年は150人規模のプレイベントで、2026年にはUCIグラベルワールドの1戦になる予定です。今までグループライドの開催はあったけど、それが全コースでタイム計測される初のレースになりますね。

宮城で開催されているグラベルクラシックやくらいが2026年にはUCIグラベルワールドシリーズの1戦となる予定だ photo:Nobuhiko Tanabe
ニック:すごいニュースだね! そこからグラベルの人気が出そうだ。
綾野:UCIがグラベルワールドシリーズになれるパートナーイベントを探していて、主催者につないだところ、主催者も町長も「ぜひやりたい」「おらが町で国際イベントをぜひやりたい」となって、トントン拍子で進んだんです。
ニック:それは楽しみだ!成功を祈ってるよ。UCIグラベルになると世界中からライダーが参加するから、グローバルな広がりがあるね。
綾野:アジア地区ではタイのDUSTMAN(ダストマン)がUCIグラベルワールドシリーズの1戦ですね。でも来年はYAKURAI(やくらい)がUCIグラベルワールドシリーズ・ジャパンになります(記事はこちら)。
ニック:僕も今、シマノ・ヨーロッパと一緒にオランダでの新しいUCIグラベルレース開催に取り組んでいるけど、10月のレースはワールドツアーチームのプロ選手も多く出る予定で、素晴らしいイベントになりそうなんだ。土曜にファンライド、日曜にレースというフォーマットで、レーサーからビギナーまで誰でも楽しめるのはYAKURAIと同じだね。グラベルの世界がどんどん広がっていくね。

UNITED IN GRAVELブースがグラベルライダーたちを迎える photo:Dan Hughes/Lifetime
綾野:「UNITED IN GRAVEL」に込めた意味を教えて下さい。
ニック:「グラベルでひとつになろう」という意味で、まさに君たちが日本から来てくれたように、世界中のサイクリストたちがグラベルを走って気持ちをひとつにしようという意味なんだ。グラベルは岩、砂、泥などの集合体で、それをデザインしている。丘を登り、ダートや農道、トレイル、舗装路を駆け抜ける。グラベルで結ばれた世界で一つになり、友人と一緒にライドする喜びを感じるんだ。君たちもアンバウンドを走った後は絆が深まるよ。
ところで君たちは日本でどうやって知り合ったの? 近くに住んでいるの?
ノブ:このメンバーでよくライドに行くんです。僕らは「ノルンジャー」というライディングユニットを名乗っていて、オリジンは皆マウンテンバイクやダートライドなんですが、ときどきドロップハンドルのバイクに乗り換えて一緒に走っています。

シマノが用意したUNITED IN GRAVELデザインのボトルとキャップ photo:Makoto AYANO

ニックから受け取ったUNITED IN GRAVELボトル 
漢字とカタカナでデザインされた「ノルンジャー」ステッカー
タム:ノルンジャーは「とにかく乗ろうぜ」という意味を込めたユニット名で、テレビ番組の子供向けの戦隊ヒーローの名前をもじっています。アンバウンド出場を目指して乗りまくってきたんです。

ノルンジャーのステッカーをもらってゴキゲンのニックと photo:Makoto AYANO
ジュンヤ:ニックにボクらの「ノルンジャー」ステッカーを差し上げます。ぜひメンバーになってださい。
ニック:ワォ、カッコいいね。ありがとう!
タム:ニックは7人目のメンバーです。

ニックのノルンジャー加入を皆で歓迎する photo:Makoto AYANO
ニック:それは嬉しい! 僕もクルーになれるなんて光栄だ。
ノブ:ノルンジャーもグローバルになれます。
ニック:ではベストを尽くした良いレースを。明日の終わりにいい知らせを待っているよ!
永田隼也の200マイルレース参戦レポートに続きます。
ノルンジャー:永田隼也(ジュンヤ)、田村繁貴(タム)、 福田暢彦(ノブ)
ノルンジャーとは、プロMTBライダーの永田隼也ら6人の仲間たちが結成するライドユニット。MTBライドをルーツに、長距離ロードツーリングやグラベルライドなどを通して日々トレーニングに励んでいる。
ニック:日本から長いフライトを経てはるばるカンザスへようこそ!そしてレースでは長い距離を走るね。3人ともアンバウンド出場が初めて、グラベルレースに出るのも初めてって聞いたよ。
ジュンヤ:そうです。3人ともピュアビギナーです(笑)。グラベルレースの走り方を教えてほしいんです。アドバイスを下さい。
ニック:もちろん。誰だって最初は疑問だらけだよね。



ジュンヤ:昨日はシェイクアウトライド(コース試走)で、世界中から来たグラベルライダーやレジェンドたちと走ったのが楽しかったです。グラベルにも慣れることができたし、時差ボケ解消にもなるし、早めにエンポリアに入って良かったです。
ニック:昨日は一緒に走れて楽しかったね。ここでは皆が友人だ。レジェンドのテッド・キングが友達のように一緒に走ってくれる素晴らしい雰囲気だろう? それがグラベルレースの良いところだね。


ジュンヤ:エンポリアの街全体が歓迎してくれているのが嬉しいですね。他のジャンルのレースと違ってギスギスしてなくて、とても居心地がいいです。
ニック・レーガン Nick LEGAN

黎明期からグラベルアンバサダーとして活動し、現在はシマノ・ノースアメリカに勤務、グラベルの普及につとめている。200マイルを5度、XL360マイルも2度完走している。元ジャーナリストでもあり、バイブルとされる書籍「GRAVEL CYCLING」 (2017年刊)の著者。グラベル界への貢献度が認められて昨年「Gravel Hall of Fame」(グラベル殿堂)メンバーに選出されたグラベル界のリーダー的存在。妻のクリステンさんも数々のレースで優勝しているレジェンド。ニックがグラベル創生の歴史と変遷を解説した記事はこちら。

ニック:初めて走るカンザスのグラベルはどうだった?
ジュンヤ:コース試走をしてみて、グラベルがスムーズで走りやすいことに驚きました。軽く走れてスピードも出て、楽しかったです。走行感が軽かった。日本のグラベルはガレていて、MTBのほうがいいことが多いんです。そしてフリントヒルズは美しいと思いました。

ニック:エンポリアも30kmも郊外に出れば、本当に雄大な大自然が広がっているんだ。丘が多いし、ラフで荒れた道も多くなる。石が多くなったり、テクニカルになったり。とくにXLのコースには細くてマイナーな道が採用されることが多くなる。集団が小さくて、広い道である必要がないからラフなグラベルがコースに採用されるんだ。変化が多くて美しいよ。
ジュンヤ:永田隼也(ながたじゅんや)

プロMTBエンデューロレーサー。16歳でJシリーズのダウンヒル・エリートクラスに当時最年少で優勝。2015年に全日本選手権優勝。エンデューロ競技の国内第一人者として国内外でレースに参戦し、2020・2021・2023年にエンデューロナショナルシリーズで総合優勝。現在は現役アスリートながら選手のサポートや JCFのマウンテンバイク部門のナショナルコーチもつとめる。
綾野(CW編集部):ジュンヤはプロのMTBダウンヒラーで、1年前にスキーで転んで肩を骨折して以来、レースに出ていないんです。1年間も。でもとてもパワフルなライダーで、彼なら年代別のポディウムが狙えるんじゃないかと思っています。
ジュンヤ:いやいや、そんな(と謙遜)。僕はパワーはあるけど体重が重いし。
ニック:いや、もし上位が狙える可能性があるならチャレンジしない理由はないよ。アンバウンドは坂はあるけど、どれも短い。パワーで押し切れるからね。初めてでもリザルトにトライすべきだね。それがレースの楽しみ方だよ。


ジュンヤ:1年間レースから遠ざかっていましたが、5月のニュージーランドでのレース「クランクワークス」では入賞することができました。ジャンプの多いダウンヒルレースでしたが、路面のギャップは少なかったので肩に負担がないスムーズなダウンヒルだったんです。MTBではひとまずカムバックを果たした。そして次のチャレンジはグラベルです。この一年間、トレーニングで一生懸命ロードとグラベルを乗り込んで、エンデュランス能力の向上につとめてきました。
ニック:素晴らしいね。うまくいくことを祈っているよ!
ジュンヤ:でもグラベルレースのことは何もわからなくて、不安しかないです。自分で申し込んでおきながら、200マイル=320kmのレースなんて想像もできません! しかもグラベルだなんて!(笑)
ニック:君のMTBテクニックはグラベルレースで必ず活きてくるよ。集団で走るときはとても密集度が高くてナーバスなんだ。でもテクニックがあるということは、ギャップを避けたり転んだ人を避けたりするのに有利ってことだから。それは本当にアドバンテージがあるんだ。心配することは何もないよ!

ジュンヤ:レースでは何を重視すればいいですか?スピードを落とさないこと? できるだけ速く走り続けること?
ニック:いい質問だ。そうだね。僕がよくアドバイスするのは、まずスタートがとても大事だということ。いいスタートが切れるようにスタートに早く並ぶこと。前でスタートする。それはどのクラスでも同じく重要なんだ。
ノブ:ホントに? のんびりスタートしようと思っていたのに!(笑)

ニック:ボヤボヤしないことだね(笑)。スタートすると皆がすごく速く走り出すんだ。最初の1時間は大きな集団で進むから驚くと思うよ。近年プロ選手たちが50Cなどの太いタイヤを使いたがるのは、集団走行は密集度が高くて前や路面がよく見えないからなんだ。路面の穴や轍があってもパンクしたり転んだりしないように、太いタイヤを使うんだ。

でも君のマウンテンバイクのスキルがあれば、前で何があっても避けることができる。テクニックがあればジャンプして飛び越えたりできるだろう?

そして前でスローダウンしたり路上で停まっている人が居たら気をつけること。なぜならそれは穴や岩でパンクしたり、何かが原因で転んだりしているからで、前方で立ち止まった人を見たら「気をつけろ」のサインなんだ。

そしてもし路面が難しくないところでハンドルから手を離す余裕があるなら、すかさず水を飲んだり補給食を食べたりすること。スキを見つけては常に飲んだり食べたりするんだ。ハンガーノックや脱水にならないようにね。そしてチェックポイントではなるべく急いで、止まっている時間を少なくすること。それがタイムに効いてくるんだ。

ノブ:休んじゃいけないんですか?? のんびりしようと思ったのに!(笑)
ニック:もちろん休むことも大事だけど、一度座ると動けなくなるんだ。長く座り込まないこと。それはXLでも同じ。僕の妻のクリステンも、座らずにゆっくりでもいいから動き続けることを心がけてるって。座り込むと動けなくなるんだ。補給食の受取やボトルの水の補充なども、できるだけ素早く済ませること。


ノブ:僕はもし冷えたコーラやポテトチップスを見つけたら、つい止まっちゃうと思います。
ニック:もちろんそれはいいよ(笑)、リフレッシュと気分転換になるからね。でもなるべくロスを少なくね!
タム:田村繁貴(たむらしげき)

グッドイヤータイヤに勤め量産車OEタイヤの開発に携わるエンジニア。かつてはサスペンションのSHOWAにてオフロードバイクの開発に関わり、MXGP、EnduroGP、ダカールラリー等で世界のレースの現場をサポート。ダウンヒルMTBのホンダRN01の開発にも携わっていた。自転車はMTBダウンヒルレースから始め、トレイル、ロード、シクロクロス、グラベルと、オフロードをメインに20年楽しんできた。アンバウンドが初のグラベルレースで200マイルにエントリー。
タム:僕は日没までにフィニッシュできるかどうかが怪しい、極めてボーダーライン上に居るライダーです。完走タイムは14時間ぐらいが目標です。どういった戦略をもって走ればいいですか? どのグループでスタートすればいいかなど、何もわからないから良いアドバイスを下さい。

ニック:OK、今から話す秘密の作戦は誰にも内緒だよ(笑)。朝のスタートラインは10時間、12時間、14時間〜などと想定タイムを記したサインボードで区切られている。もし君が14時間の完走タイムか、それより少し速く走ることを目指すなら、12時間の後方に並ぶといいね。なぜなら前でスタートするほどドラフティングが使えるんだ。



スタートしてどんどん他の選手にパスされていくだろう。でもなるべく流れに乗るんだ。追い上げていくのは大変だけど、ゆっくり下がっていくのは苦痛じゃないはず。そして着いていくのにあまり無理はしないように。そして君は先頭を牽く必要がない。
タム:ほぇ? それっていいんですか?(笑)
ニック:僕の意見では、君は先頭を牽かないことだね。集団にただついていく。そして大きなエネルギーを使わないように心がけて走るんだ。終盤までは、なるべく前を牽かずにおとなしくしていること。
タム:なるほど〜。
ニック:レースは驚くほど速い。まだ君はレースの走り方を知らないんだから、エネルギーを浪費しないこと。先頭を牽いて無理すれば最後にパンチが効いてくる。前に並び、集団について行って、まず走りながらグラベルレースの走り方を学ぶこと。
でも気をつけたいのは、集団内に居ると前で誰かが穴に落ちたり、クラッシュしたりすれば、それに巻き込まれる恐れがあること。だから前をよく見ることに集中する。できるだけ前でスタートするのは、速いだけでなく走り方が安全で上手い選手が多いこともメリットなんだ。

そして、もし暗くなってからフィニッシュする予想ならば、ライトとヘッドライトをチェックポイント2に送っておき、そこで受け取ること。そうすれば余計な重量物のライトを一日じゅう運ぶ必要がなくなる。USBバッテリーなんかもそうだね。後半に使うものは中間地点に送っておくといいんだ。余計な補給食もね。

タム:なるほどそうします。そして今日2つめのハイドレーションバッグを買うつもりです。
ニック:そう!それならチェックポイントで背負い替えるだけで、水を入れ替えるロスタイムが無くなるね。
もしボトルが必要なら言ってね。シマノではキャンペーンの「UNITED IN GRAVEL」ボトルをつくったから、それをあげるよ。ところでライト、補給食、装備などの用意はもうできてるの?
ノブ:はい。でもGPS用のサブ電池だけ用意ができていないので、ウォルマートで買うつもり。


ジュンヤ:200マイルクラスもライトが必要ですか?
ニック:フィニッシュ時間によるね。もし速く走るなら不要だ。明るいうちに帰ってくるからね。途中で日が暮れちゃうようなら、ライトが無いならいい友達を見つけて一緒に走ることになるね(笑)。
タム:あぁ、すべてが不安なんです。心配しか無いです....(大きなため息)。
ニック:楽しもう! 走り出すといい時間だよ。心配は何の役にもたたない。もし何か大きな問題が起こったら、自分のなかに抱え込まずに周りの誰かに助けを求めることだね。グラベルレースはセルフサポートが原則だけど、皆が力になってくれるよ。一緒に走っているライダー同士で助け合うんだ。


Crew For Hire:(ドリンクや補給食などの提供があるほか、ドロップバッグを預けることができる有料のサポートサービス)には申し込んだ?
タム:もちろん。3人ともレースを走るし、サポーターは連れてきていないので申し込んでいます。
ニック:チェックポイントには何を預けるか、もうプランは立てた?
タム:預けるドロップバッグの中身を考えているんですが、初めてだからよくわからなくって。さっきエイドで座り込まないことが速く走るコツとお聞きしましたが、エイドで止まらないことはどれぐらい重要ですか?


ニック:でも水の詰替えにストップするのは確実にね。スムーズにやれば1分だし、ボランティアも手伝ってくれる。そしてエイドで水や補給食や必要なモノをすべて受け取るのも同じくらい重要だよ。ある人は携帯電話のメモにエイドで受け取る品のチェックリストを保存しておいて、それを見て確認するという話も聞くよ。「ボトル2本、ハイドレーションに水を補充、エナジーバー5本、ジェル5つ、ミネラルタブレット、チェーンにオイルを注す」などと復唱して、すべて完了したらGo!とね。
ある年ラクラン・モートンがボトルを忘れたんだ。彼でさえ慌てていたら失敗する。だから一旦立ち止まって確認するのは、急ぐことよりも重要だよ。もし何か大事なものを忘れたら、走り続けられなくなってしまうからね。

タム:ルート上に悪名高い「ピーナッツバター・マッド」の泥区間はありますか? 2年前のレースでは泥まみれになった自転車を担いで13km歩いたという話を聞いて、恐怖を感じています。


ニック:それは答えるのが難しい質問だね。コースには北周りと南周りがあって、2年毎に北と南ルートを入れ替えて開催されている。泥で有名なのは南で、今年は北。北ルートは泥の心配は少ないんだ。雨は降るかもしれないけど、北は乾くのが比較的早い土壌で、その点はいいことだね。
タム:それでも泥の可能性はありますか?
ニック:それも答えるのが難しいけど、無いとはいえないね。クリーククロッシング=沢渡りはあるね。その付近の路面は泥になる可能性があるけど、心配するほどじゃないと思う。でも可能性はある。泥の掻き出しスティックは持った?
タム:エキスポのどこかのブースでもらえると聞いたので、これから探してみます。

ニック:スティックはペイントに使う木のヘラで、強度があって泥の掻き落としにすごく向いているんだ。それを背中のポケットに入れて走るんだ。使わないかもだけど、それを持ってないときに限って泥は現れるよ。笑


タム:僕はシリコンスプレーを買いました。フレームやホイールとの隙間に吹きかけて泥の付着を少なくするつもりです。
ニック:それはシクロクロスでよくやるグッドアイデアだね。 タイヤサイドやリム、ディレイラーなど、泥が被りそうな場所にかけるといいよ。でもディスクブレーキには吹きかけないようにね(笑)。

ノブ:道の両脇の草地を行けば泥が詰まることが少ないと思うんですが?
ニック:でも草がディレイラーに絡みついたりするから注意だ。そして毒のある草もあるから深い草地に脚を踏み入れないこと。牛の居る放牧地帯では有刺鉄線や電気柵にも注意だ。

泥の心配は少ないけど、難所として有名なのは「リトル・エジプト」という区間だね。岩がゴロゴロしてすごく荒れているんだ。でも君らはMTBオリジンのライダーだから心配ないね。危険な岩やギャップがよく見えているはずだから。パンクには気をつけて。ジャンプして跳び越えちゃえばいい。君たちのセクションだね!(笑)
ノブ:福田暢彦(ふくだのぶひこ)

ズイフト・ジャパン代表。2024年からはオーストラリアのRADLグラベル、北米コロラドのSBTグラベル、北米カリフォルニアのBWR(Berigian Waffle Ride)など、仕事を兼ねて世界のグラベルレースを数多く走っている。今回のアンバウンドXLクラス初出場の準備や装備については自身のnoteに詳しく綴っている。
ノブ:僕はXLに出ます。350マイル=560kmの超長距離レースは初めてなので、どうやって走るか想像もつきません。

ニック:アンバウンド初出場がXLって勇敢だね。その心意気が素晴らしい!僕も完走したことがあるし、今年は妻のクリステンも出るんだ。彼女は2年前にXLに勝っているんだよ。
ノブ:ワォ! そのときの彼女のタイムを覚えている?
ニック:タイムは覚えてないけど、2年前は泥が酷かったからタイムは遅めだったよ。

ノブ:今年はラクラン・モートン(EFプロサイクリング、昨年の200マイル覇者)がXLにクラス替えして、ペースが例年よりずっと速くなると予想しています。
ニック:それは間違いない。そう、今年は男女ともに強い選手がXLに揃っているから速くなるはずだ。だからロスをなるべく少なくして、なるべく前のほうのグループに着いていきたいね。
でもXLは素晴らしい体験だよ。走っている間じゅう、美しい大自然を全身で感じることができるんだ。夜、もし星が綺麗なら停まって眺めてもいいよ。
でもXLは「セルフサポート」が原則だからエイドステーションは使えない。Crew For Hireも無いから、必要なものをすべて自分で用意して運ぶ必要もあるね。そしてもし自転車を壊してしまったら動けなくなるから、丁寧に走ること。

ノブ:予備のソックスを持って走ります。途中でリフレッシュのために履き替えるつもり。
ニック:いいアイデアだね。さすがグラベルを走り慣れているね。
ノブ:そうしてどんどん荷物が増えます。「あれもこれも必要」と(笑)。

ノブ:ひとつ疑問なのは残り230km区間に商店もガソリンスタンドも無くて、どうやって補給すればよいかがわからないこと。後半だからそのぶんの補給食をスタートから持つのは現実的でないし、そうした場合はどうすればいいでしょうか?
ニック:それは主催者に質問してもいいね。だいたいそういうときは大会側のサポートがあるはず。補給食スポンサーのエナジーフードや水を用意してくれていると思う。僕の妻もそれを頼りにしているって言ってた。


ノブ:このあとのブリーフィングに出席するから、そこで確認してみます。
ニック:そうだね。そうした疑問はたいてい解決できるから、ブリーフィングに出ることはとても重要なんだ。わからないことは聞いて解決しておくと心配が減るね。そして走っているときに助けが必要なら、隣を走っている選手に頼んでみること。ここでは皆が助け合うよ。競い合っていてもお互いの安全が第一だからね。日本人が得意な遠慮は、ここでは必要ない。

ノブ:走りながら寝ないように、起きておくアイデアは何かありますか?
ニック:そうだね。目覚ましにはカフェインが役に立つけど、本当に必要になるまではカフェインを摂らないことかな。僕の場合は午前3時から夜明けまでの時間帯がもっともツライね。必要なときにカフェインが効くように、それまで控えておくんだ。
ノブ:明日はコーヒーを飲まずに走り出そうと思っていました。
ニック:それは賢明だね。眠くなったら一緒に走ってるライダーとおしゃべりするのもいいね。気を紛らわせる手段を探すといい。あと、レースに備えて今日はたくさん寝ることだね。隙間をみつけて寝るんだ。レースを前にして興奮するのは分かるし、ついエキスポを歩き回って見物したりしたくなるけど、それで疲れて失敗した人を多く見てきたよ。早くホテルに帰ってゴロゴロするといいね。たとえ20分の細切れでも居眠りするといい。寝れなくてもベッドで横になっているだけで体を休めることになるよ。休んで水をいっぱい飲んで、リラックスすること。

ノブ:今までの経験だと、フィニッシュまであと少しというときがいちばんツライです。
ニック:そういうものだね。
ノブ:そうしたときのために梅干しを持っていきます。ラッキーストライクも(笑)


ニック:ウメボシ、あぁ知ってる。とても酸っぱいやつだね。アメリカではきゅうりのピクルスがそれにあたるよ。その漬汁、酸っぱいピックルジュースも100と200マイルのエイドには必ず用意されている。酢と塩分を身体が欲するんだね。
綾野:日本でも登山者が漬物の素をドリンク代わりに飲んだりしますね。グラベルライダーもそれを真似てきています。
ニック:効きそうだね! それでも瞼が落ちてきたら、自転車を降りて歩いて気分転換するといいよ。もし夜明けの時間帯の寒さに着込んでいたら、ジッパーを開けて冷たい空気を胸に取り込むといい。


ニックからアドバイスを受けたノルンジャーの3人。レースでは200マイルに出場した永田隼也が12時間41分26秒の好タイムで完走。M35-39クラスで42位(111人中)、総合211位(897人中)だった。
同じ200マイルに出た田村繁貴は、約80km地点で集団で発生した落車に巻き込まれ、コースアウトして転倒。腕を負傷し、かつバイクも破損したため第1チェックポイントでリタイアした。「痛いけど、すでにリベンジに燃えています。来年こそ完走します」と、退院してすぐの田村は腕を攣ったまま心中を吐露した。
XLに出場した福田暢彦は450km地点で熱中症になり、数時間動けなくなってリタイアも考えたというが、最終的には再出走して32時間58分29秒のタイムでフィニッシュ、総合101位(116人中)だった。そして早くも来年はノルウェーのウルトラディスタンスレースにチャレンジする計画を考えはじめているという。
世界で盛り上がるグラベルシーン 日本にもUCI Gravel Worldが上陸!
ノブ:XLを走りきったとして、欧米で何かおすすめのグラベルレースはありますか?
ニック:8月のネブラスカ州でのGravel World(グラベルワールド)はハードだけど路面が軽くて速いレース。僕もまだ走ったことがないけど、スペインのグラナダでのBADLANDS(バッドランズ)と、ジローナでのTRAKA(トラカ)はロケーションとルートの素晴らしさで人気が急上昇しているよ。どちらも厳しいけど、長距離グラベルレースが伸びているね。
ジュンヤ:アメリカにはアンバウンドの他にもグラベルレースがありますか?
ニック:もう数え切れないほどにね。BWR(ベルジャンワッフルライド)シリーズ、LIFETIME(ライフタイム)シリーズ、10月のBIG SUGAR(ビッグシュガー)、コロラドでのSBTグラベルetc...。
ノブ:SBTグラベルは走ったことがあります。標高が高くて大変でした。
ニック:それはすごいね。海抜0m地帯から来た人にはキツイよね。僕と妻は標高2,000mのコロラド州に住んでいるからアドバンテージがあるんだけど、それでも空気が薄いのはツライね。アメリカには他にも小さなグラベルレースがいっぱい増えているね。日本のレースはどうなの?
ノブ:日本にはグループライドがいくつかあるけど、まだレースが無いのが残念です。日本は道路使用許可をとるのが難しい国で、グラベルとはいえレース開催が難しいんです。
綾野:でも8月末には宮城のやくらいで初のレースが始まります。今年は150人規模のプレイベントで、2026年にはUCIグラベルワールドの1戦になる予定です。今までグループライドの開催はあったけど、それが全コースでタイム計測される初のレースになりますね。

ニック:すごいニュースだね! そこからグラベルの人気が出そうだ。
綾野:UCIがグラベルワールドシリーズになれるパートナーイベントを探していて、主催者につないだところ、主催者も町長も「ぜひやりたい」「おらが町で国際イベントをぜひやりたい」となって、トントン拍子で進んだんです。
ニック:それは楽しみだ!成功を祈ってるよ。UCIグラベルになると世界中からライダーが参加するから、グローバルな広がりがあるね。
綾野:アジア地区ではタイのDUSTMAN(ダストマン)がUCIグラベルワールドシリーズの1戦ですね。でも来年はYAKURAI(やくらい)がUCIグラベルワールドシリーズ・ジャパンになります(記事はこちら)。
ニック:僕も今、シマノ・ヨーロッパと一緒にオランダでの新しいUCIグラベルレース開催に取り組んでいるけど、10月のレースはワールドツアーチームのプロ選手も多く出る予定で、素晴らしいイベントになりそうなんだ。土曜にファンライド、日曜にレースというフォーマットで、レーサーからビギナーまで誰でも楽しめるのはYAKURAIと同じだね。グラベルの世界がどんどん広がっていくね。

綾野:「UNITED IN GRAVEL」に込めた意味を教えて下さい。
ニック:「グラベルでひとつになろう」という意味で、まさに君たちが日本から来てくれたように、世界中のサイクリストたちがグラベルを走って気持ちをひとつにしようという意味なんだ。グラベルは岩、砂、泥などの集合体で、それをデザインしている。丘を登り、ダートや農道、トレイル、舗装路を駆け抜ける。グラベルで結ばれた世界で一つになり、友人と一緒にライドする喜びを感じるんだ。君たちもアンバウンドを走った後は絆が深まるよ。
ところで君たちは日本でどうやって知り合ったの? 近くに住んでいるの?
ノブ:このメンバーでよくライドに行くんです。僕らは「ノルンジャー」というライディングユニットを名乗っていて、オリジンは皆マウンテンバイクやダートライドなんですが、ときどきドロップハンドルのバイクに乗り換えて一緒に走っています。



タム:ノルンジャーは「とにかく乗ろうぜ」という意味を込めたユニット名で、テレビ番組の子供向けの戦隊ヒーローの名前をもじっています。アンバウンド出場を目指して乗りまくってきたんです。

ジュンヤ:ニックにボクらの「ノルンジャー」ステッカーを差し上げます。ぜひメンバーになってださい。
ニック:ワォ、カッコいいね。ありがとう!
タム:ニックは7人目のメンバーです。

ニック:それは嬉しい! 僕もクルーになれるなんて光栄だ。
ノブ:ノルンジャーもグローバルになれます。
ニック:ではベストを尽くした良いレースを。明日の終わりにいい知らせを待っているよ!
永田隼也の200マイルレース参戦レポートに続きます。
text&photo:Makoto AYANO
photo : Dan Hughes/Life Time, Makoto AYANO
photo : Dan Hughes/Life Time, Makoto AYANO