今年のツール・ド・フランスのグランデパールをホストするのは、スペイン第2の都市バルセロナ。チームプレゼンテーションを経て、世界最大の自転車レースはいよいよ3週間の戦いへと走り出す。初のツール現地取材に臨む筆者による、ツール取材の前口上。



引退したカレブ・ユアンのインタビューを受けるエヴェネプール photo:Sotaro.Arakawa

広く読まれた記事よりも、ひっそりとタイムラインに流れていった渾身の一本の方が、よく覚えている。あるいは選手へのアプローチを失敗し、記事にならなかった取材の方が記憶に残る。しかもその選手の活躍を見るたびに、後悔がぶり返すことさえある。

2025年のさいたまクリテリウムで、ヨナス・ヴィンゲゴーに話を聞いた時もそうだった。ツール前に家族とチームの関係性が取り沙汰されていたこともあり、レース後の記者会見でその件について問うた。ヴィンゲゴーは少し驚いた表情を見せながらも、メディア対応に慣れたスター選手らしく「一切問題はない」と答えた。

結果的に、その言葉を記事にはしていない。例年当たり障りのない質問に終始する場所で「自分だけが引き出せるものを」と欲張った結果、目的意識の曖昧な質問になってしまっていたからだ。知りたかったのは選手としてのヴィンゲゴーではなく、人間としてのヴィンゲゴーだったのに、距離の詰め方を完全に間違えてしまった。

開幕2日前の記者会見に出席したヨナス・ヴィンゲゴー photo:Sotaro.Arakawa

2023年に来日したマーク・カヴェンディッシュの時もそうだった。不仲と思われていたペテル・サガンと、直前の上海で仲良さげにしている姿を見て、自分は開口一番「サガンとは仲直りしたの?」と聞いた。そして、無視された。いや、カヴェンディッシュは悪くない。挨拶も自己紹介もすっ飛ばし、記者会見の順番を待っていた彼に対して不躾に話しかけた自分が悪いのだ。それからしばらくは、メディアでカヴェンディッシュを見かけるたびに、その時の自分の愚かさと恥ずかしさがフラッシュバックし、随分と苦しめられた。

少々ナイーブな書き出しになってしまった。だが、筆者である荒川創太郎はいま、ツール・ド・フランスの開幕地、バルセロナにいる。これから3週間、世界最大の自転車レースに帯同し、選手たちの声を拾っていく。

ツール取材はおろか、ヨーロッパに来たのも初めて。しかし今回はキナンレーシングチームのメディアオフィサーであり、10度目のツール取材となる福光俊介さんと巡る旅そのものに不安はない。ただ、自分のしたい取材をこの大舞台で完遂できるのか。その一点については、不安しかない。

メディアセンターの近く、カタルーニャ美術館に特大マイヨジョーヌが掛かる photo:Sotaro.Arakawa

バルセロナではスーパーチェーンのリドルが点在。店内が綺麗で品数豊富で何より安い photo:Sotaro.Arakawa
カサ・バトリョ近くで見つけた、ツールの移動式グッズ販売バン photo:Sotaro.Arakawa


今回の取材での目標を語る前に、シクロワイアードとツール・ド・フランスとの関わりについて書いておきたい。

そもそもシクロワイアードとしては、日本人初の完走者の現れた2009年からツール取材を行ってきた。その中心にいたのはもちろん、編集長である綾野真だ。編集長の書く現地レポートは、臨場感あふれる写真と共に、現場の空気や匂いを日本のファンに届けてきた。個人的にコロナ禍で完遂した2020年の現地レポートは、いまでも一読の価値がある大作だ。

もう1人、忘れてはならないのが辻啓。サイトの立ち上げから携わり、本職の写真を撮りながら、長らくツールのレースレポートとコメント記事を担当していた。ジロ・デ・イタリアではそれに加えて現地レポートも担当。AIのない時代に、AIをフル活用しなければ計算が合わないほどの仕事量と効率を、ひとつのレガシーとして残している。

夕暮れのサグラダファミリアで行われたチームプレゼンテーション photo:Sotaro.Arakawa

そして2022年大会をもって編集長がツール現地取材の第一線から勇退し、ここ数年のレースレポートとコメント記事は、筆者が日本から担当していた。今大会は、日本にいる編集部の磯部がレースレポートを担当し、自分がコメント記事と現地レポート、そして突発的なニュースをカバーする。

編集長が現場の空気や匂いを届け、辻啓が写真を軸に多彩なかたちでグランツールの姿を記録してきたのだとすれば、自分がこのツールで向き合いたいのは、選手たちの声。日本にいては届かない、現場でこちらから手を伸ばさなければ拾えない言葉だ。

決してメディアを通した言葉ではなく、自分が握るICレコーダーで録音し、翻訳した選手たちの声である。

ヴィンゲゴーに集まる記者たち photo:Sotaro.Arakawa

これまで筆者は、シクロワイアードで名だたる選手にインタビューする機会を得てきた。サガンをはじめ、ヴィンゲゴー、タデイ・ポガチャル、エガン・ベルナル、クリス・フルーム。またジュリアン・アラフィリップに関しては、スペシャライズド・ジャパンのご厚意で、2023年のジャパンカップ前日の夜に食事を共にインタビューさせてもらったこともある。アラフィリップが食べたばかりのピザに載ったトマトの匂いが薫る距離で、思う存分聞きたいことを聞くことができたのは、いまでも夢のような体験だった。

しかし、いずれも満足のいくインタビュー記事にはなっていない。そもそも、自分が書いた記事に心から満足することなどないのかもしれないが、シクロワイアードに掲載するレベルに持っていくことはできても、「自分にしか書けないものを書けた」と胸を張れる記事には、いまだ届いていない。

もちろん、ツールに来れば渾身の記事が書けるとも思っていない。むしろ宇都宮ジャパンカップやさいたまクリテリウムの方が、リラックスして口が軽くなった選手から本音を引き出すには適した環境なのだろう。

それでも現場でしか拾えない言葉がある。聞きたいのは、選手たちが取り繕う前の感情だ。勝利の直後、敗北の直後、あと一歩で逃げ切りを逃した瞬間、アシストとしての仕事が報われた瞬間。言葉になる前の熱が、まだ体に残っているような声。それを背景と共に記事にすることができれば。そんな意気込みで18時間もの間飛行機に乗り、はるばるバルセロナまでやってきた。

ジャイ・ヒンドレーの惚れ惚れするほど絞り込まれた脚 photo: Sotaro.Arakawa

書いている本人の毛が逆立つほど心から伝えたいものを、これまで培ってきた技術で言葉に整える。その興奮の半分でも読者に届くなら、これ以上の幸せはない。

前口上が長く、少し私的になり過ぎてしまった。けれど、これがいまの正直な気持ち。これから3週間、ツール・ド・フランスという大舞台を走る選手たちの声を、できる限りその温度のまま届けたい。

text&photo:Sotaro.Arakawa in Barcelona, Spain

最新ニュース(全ジャンル)