強力だった前回覇者 井上亮のアタックは吸収され、替わって高岡亮寛が残り1kmでサプライズなカウンターアタックに出た。そして強力なチームメイトのアシストの動きに応えるように大前翔(Roppongi Express)がスプリントで勝負を決めた。最後の最後まで勝負がもつれたおきなわ市民200kmレースの激闘をレポートする。



2年越しで市民200に挑戦するサイクリストを強烈な朝陽が迎える photo:Makoto AYANO

昨年は沖縄北部を襲った豪雨災害でまさかの中止に追い込まれたツール・ド・おきなわが戻ってきた。 2年越しの戦いとなる「ホビーレーサーの甲子園」の異名を取るおきなわ市民200kmレースは、南国に用意された日頃の鍛錬の成果を見せる最高の舞台だ。

最前列には上位入賞者たちが並ぶスペースが確保されていた photo:Makoto AYANO

レース日の11月9日(日曜)の天気予報は雨のち晴れ。レーサーたちが集合する朝6時過ぎまで名護には通り雨が降ったが、市民レースがスタート時間を迎える7時すぎからは強烈な日差しが降り注ぐ夏日となった。この日の予想最高気温は29℃。

最後に現れて井上亮の隣に並んだ高岡亮寛(Roppongi Express) photo:Makoto AYANO
スタートラインで静かに集中する井上亮(Magellan Systems Japan) photo:Makoto AYANO



市民レース200kmのスタートラインには238人が並んだ。最前列には近年の上位入賞者たちがリスペクトを持って招集され、朝7時25分にスタートが切られた。

まだ路面の濡れた名護市街を走り出していく市民200の集団 photo:Makoto AYANO

名護市街の路面はまだ濡れたままで、選手たちが蹴立てる水飛沫が強烈な朝陽に燦めく。この濡れて滑りやすい路面が後になってトラブルを招くことになる。

水飛沫を上げて本部半島へと向かう市民200kmのメイン集団 photo:Makoto AYANO

0kmからアタックしていく矢田健太郎(MaxSpeed97)と川勝敦嗣(MiNERVA-asahi) photo:Makoto AYANO

ニュートラル区間の名護市街地を抜けるとすぐさまアタックが掛かり、逃げる選手が続く。ファーストアタックをかけた川勝敦嗣(MiNERVA-asahi)が新しく完成した本部大橋を一人で渡り、美ら海水族館を抜けて集団に3分の差を持って独走状態へ入った。

昇る朝陽に照らされて海岸線を行く市民200kmの大集団 photo:Makoto AYANO

新しくなった本部大橋をいく市民200kmの大集団 photo:Makoto AYANO

西海岸を逃げ続けた川勝を、新城幸也のいとこにあたる新城銀二(OKIRIN)や矢田健太郎(MaxSpeed97)、瀬川祐太(EMU SPEED CLUB)らが追走する。

独走で羽地内海を行く川勝敦嗣(MiNERVA-asahi) photo:Makoto AYANO

穏やかな羽地湾を行くメイン集団。2024年大会で道路冠水したあたりだ photo:Makoto AYANO

トライアスリートでもある川勝はメイン集団に10分の大差をもって逃げ続け、普久川ダムへの登り=与那の坂へと到達。7分差の追走グループは安立和貴(だち會)、高浪裕三、小松祥嗣らが合流して5人に。そして右折して与那の坂への右コーナーで5人のうち4人が同時にスリップして落車してしまう。晴れてはいたものの、そのコーナーは湿って滑りやすく、グリップが効かない状態だったのだ。

逃げていながら与那の坂の登り口でスリップ転倒した瀬川祐太(EMU SPEED CLUB) photo:Makoto AYANO
沿道でおばあたちがサイクリストたちを応援してくれた photo:Makoto AYANO



与那の坂の登り口でメイン集団にもスリップ転倒が発生した photo:Makoto AYANO


4人は再び乗車して走り出したが、メカトラで変速器が動かなくなった選手もいてグループは分解してバラバラに。そして3分をおいて差し掛かったメイン集団でも同じ場所の前後でスリップ落車する選手が続出した。

与那の坂を登り始めた選手たち。2018年チャンピオンレース覇者アラン・マランゴーニも先頭を走る photo:Makoto AYANO

登ってのKOMポイント前後のコーナーでも落車が頻発。真鍋晃(EMU SPEED CLUB)や南広樹(Team Zenko)など、大きな影響を受けた有力選手も少なくなかった。

与那の坂のジャングルを行く市民200kmのメイン集団 photo:Makoto AYANO

一度目の与那の坂を経て辺戸岬〜奥の集落を周り、2度目の与那の坂へ。メイン集団は2つの大きなグループに分裂し、人数が絞り込まれていく。しかし先頭グループにはまだ40人近くが残っていた。

2回目の与那の坂を越える市民200kmのメイン集団 photo:Makoto AYANO

普久川ダムから落ちるようなダウンヒルの急坂を下って迎える残り60km、「学校坂」から本格的な東海岸のアップダウンが始まる。例年ここからアタック合戦が始まることは必至。大ナタを振ったのは2023年覇者井上亮(Magellan Systems Japan)。集団の先頭に立ちペースを上げると、半数近い選手が振り落とされた。

学校坂で攻撃を開始した井上亮(Magellan Systems Japan) photo:Makoto AYANO

そのまま独走に持ち込む勢いでスピードを上げる井上の後輪に岩間来空(Team Aniki)が着く。早くも逃げ体制に持ち込みたい勢いの井上だが、集団もそれを許さず、差を開かせない。しかし井上のアタックはその後も執拗に繰り返されることになる。

集団先頭でペースを上げる井上亮(Magellan Systems Japan) photo:Makoto AYANO

2年前の雨のレースではこの付近で脱落した高岡亮寛(Roppongi Express)も、井上に交代するかのように盛んにペースを上げる。

東村の海岸線でアタックした石井雄悟(MASXSAURUS)と押見怜(湾岸サイクリングユナイテッド) photo:Makoto AYANO

高岡亮寛(Roppongi Express)も積極的にペースを作り集団を絞り込む photo:Makoto AYANO

他の選手もおとなしくしているだけではない。ヒルクライマーの田中裕士や古谷朋一(内房レーシングクラブ)、石井雄悟(MASXSAURUS)、押見怜(湾岸サイクリングユナイテッド)、西尾勇人(イナーメ信濃山形)、井出雄太(EMU SPEED CLUB)らもアタックや応戦の動きを見せるが、決定打とはならず。再び井上がペースをあげて、グループを絞り込む動きを繰り返す。

井上亮に替わり大前翔と高岡亮寛のRoppongi Expressコンビも前に出る photo:Makoto AYANO

東海岸の有銘までに22人に絞られた集団は、カヌチャベイホテル前へのアップダウン区間を経て大浦湾に差し掛かる頃には10人に絞り込まれていた。ここから最後の勝負どころとなる羽地の登りへ。

10人に絞られた先頭集団が大浦湾から羽地の登りへと向かう photo:Makoto AYANO

羽地の登りまでに先頭グループに残った10人
井上亮(Magellan Systems Japan)
高岡亮寛(Roppongi Express)
大前翔(Roppongi Express)
石井雄悟(MASXSAURUS)
畝原尚太郎(チームGINRIN熊本)
岩間来空(Team Aniki)
古谷朋一(内房レーシングクラブ)
池谷隆太(PARK)
中司大輔(堀場製作所自転車倶楽部)
布田直也(MiNERVA-asahi)

羽地の登りでは先頭固定で井上亮(Magellan Systems Japan)がハイペースを刻む photo:Makoto AYANO

番越・雨志川原・東江原の3つのトンネルを越える羽地の登り。頂上からフィニッシュまでは5km、標高差200mの落ちるような一気のダウンヒルで名護市内へ降り、国道56号線に出ればわずか1kmあまりでフィニッシュラインを迎えるというプロフィールだ。

先頭集団を粉砕した井上亮(Magellan Systems Japan)。後輪に付けたのは畝原尚太郎(チームGINRIN熊本) photo:Makoto AYANO

登り口から先頭固定でペースをつくったのは井上。番越トンネルまでは淡々とペースアップ。中司大輔、布田直也がまず脱落。そして井上は気合を入れる声を挙げると、2つめの雨志川トンネルへ向けて一気にペースを上げる。すると堪らず高岡亮寛と古谷朋一が遅れだす。先頭グループはもはや散り散り状態に。

畝原尚太郎を振り切ろうとする井上亮(Magellan Systems Japan) photo:Makoto AYANO

3連トンネルの最後、東江原トンネルに向けてアタックする井上には大前翔と畝原尚太郎の2人が喰らいついて行くが、トンネルを抜けるまでに大前が脱落し、残ったのは畝原のみ。2人が大きな差を持って頂上をクリア。勝負はこの2人の争いに決まったかに見えた。

しかし頂上からダウンヒルに入る前の緩斜面のアップダウン区間で大前翔と石井雄悟が2人が追いつき、4人に。さらに後方からはダウンヒル区間を飛ばした高岡亮寛が、オリオンビール工場前を経て56号線に出るまでに4人に追いついた。

高岡は56号線の交差点コーナーを曲がる前に4人に迫ると、追いつきざまに後方からのカウンターアタックで先行し、ホームストレートへ。このサプライズの動きに対応せざるを得ず追走に転じる4人。そして1kmを切ってのラスト800mで池谷隆太と古谷朋一も追いつき、勝負は7人のスプリントに。

勝負は5人のスプリントに。大前翔(Roppongi Express)が伸びる photo:Makoto AYANO

まだ距離のあるラスト400mからスプリントに近いペースアップを開始した井上亮だが、後方に着くだけで良かった大前翔がゴールスプリントで交わしてトップフィニッシュ。2位石井、3位畝原の順でポディウムを確定。以下、4位岩間、5位井上となった。

市民レース200kmを制した大前翔(Roppongi Express) photo:Makoto AYANO

前評判通りの強力なスプリントを披露した大前翔(Roppongi Express)の初勝利。少し遅れて8位の高岡は、チームメイト大前の勝利を知って両手を広げ喜びを表しながらフィニッシュした。

チームメイトの大前翔の勝利を知って喜ぶ高岡亮寛(Roppongi Express)が8位でフィニッシュ photo:Makoto AYANO

最後の登りで遅れ、自身の勝負を逃がしたと思えた高岡が、チームメイトの大前のために見せた献身的な捨て身アタック。それを追わざるを得なかった他の選手たちは追走に脚を使わされ、温存できた大前が得意のスプリントで勝利を仕留める。そんな今年のミラノ〜サンレモを彷彿とさせるようなチームプレイの勝利だった。

今年のニセコクラシックではスプリントで勝利を掴んだと思った瞬間に石井雄悟にフィニッシュライン直前で差されて2位に終わった大前翔にとって、リベンジとなる勝利。愛三工業レーシング在籍時代にツール・ド・おきなわはチャンピオンレースを走っているが、一線を退いてホビーレーサーとなってから4年、初の市民200kmレースのタイトル獲得となった。

市民200km表彰 優勝大前翔(Roppongi Express)、2位石井雄悟(MASXSAURUS)、3位畝原尚太郎(チームGINRIN熊本) photo:Makoto AYANO

大前は言う。「勝てるとは思っていなかったので嬉しい。羽地の登りで井上先生が強すぎて遅れました。石井君と一緒になんとか先頭交代しながら追いついたので、運が良かったと思います。頂上では前の2人を目視できる差でクリアしていましたが、追走のローテの間隔が短かったので石井君もキツかったんだと思います。最後のコーナーで高岡さんがアタックしてくれて、そこから僕は着きイチができました。

予定されていたチームプレイというわけでなく、阿吽(あうん)の呼吸です。高岡さんがそうすれば僕が何をしなければいけないかは分かっていましたし、高岡さんの背中が僕にそう言っていました。僕は『勝ちます』と心の中で言ってスプリントに臨みました」。

高岡は言う。「大前君が勝てたのは本当に嬉しい。自分も調子が良かったんですが、勝ち切るまでのものではなかった。最後まで2人が残れば必然的に有利にはなるし、大前君はスプリントになれば必ず勝てるので、そういった状況になれば自分はアシストに回るということは事前に話していました。

最後の井上君の強烈なペースには着いていけなかった。それでも名護に下りながら大前君と石井君が前の2人に追いつくのが見えたので、4人になれば牽制が始まることは分かっていました。下りで踏んで追いついて、4人が気づかないうちに後方からアタック。実際そうなったらコーナーで僕が先行するよ、という話はしていたんです。僕が行くことで他の3人が脚を使えば大前君は脚を溜められるから、勝ってくれるだろうという確信があった。

もし僕がそのまま逃げ切れても、いや、絶対に追いつかれるのは分かっていたけど、追いつかれたら大前君が勝つことも分かっていた。だから迷わずアタックできたことは良かった。

今日は井上君が別格に強かった。でも皆が”井上包囲網”を張るし、それが彼にとってはフラストレーションだったでしょう。独走力があっても必ずしも勝てるわけではないのがロードレースです。

48歳になって自分のベストコンディションに仕上げたとしても、これが限界だなと感じる点もあります。しかし今だに同じ位置でレースができていることに満足。今日はレースを楽しめました」。

今季敵無しの石井雄悟(MASXSAURUS)だが、初めてのおきなわ市民200kmには苦しんだという photo:Makoto AYANO

2位となった石井雄悟(MASXSAURUS)。今季ここまでにニセコクラシックと富士ヒルクライムとツール・ド・ふくしまグランフォンドを総なめで制して敵無しに思えたが、市民レースのグランドスラムは達成できなかった。

石井は言う「おきなわ出場は初めてでコースは知らないし、200kmのような長丁場のレースは経験がなく、何も知らない状態でした。だから無理しないよう、落ち着いて走っていました。しかし井上さんの繰り返すアタックに”これ全部に付きあっているとこちらが終わる”と思っていました。実際、100kmすぎから脚が攣っていました。ツール・ド・おきなわは来年に持ち越しです」。

ツール・ド・おきなわ市民200kmには3度目の挑戦で初完走、3位の畝原尚太郎(チームGINRIN熊本) photo:Makoto AYANO

3位の畝原尚太郎(チームGINRIN熊本)は28歳。自転車レースは8年前に始め、これが3回目のおきなわ市民200への挑戦。過去2回はメカトラと落車リタイアからの、これが初めての完走だという。実績は2週間前の周南クリテで4位となったぐらいで、大きなレースでの入賞歴は無い。

畝原は言う「2人で抜け出したときは決まったかな?と思っていました。でも前を引くとかまったくできないぐらい井上さんは強かった。スプリントは得意でも苦手でもなく、何ができるかな?と考えていました」。

5位に終わった井上亮(Magellan Systems Japan) photo:Makoto AYANO

誰もが「もっとも強かった」と口を揃えるディフェンディングチャンピオンの井上。レース中盤以降は先頭を引きまくり、何度もアタックしては先頭グループの人数を絞り込んだ。しかし2年越しの連覇は達成されなかった。

井上は言う「いつもの学校坂でかけた最初のアタックのとき、”これは今日はあまり脚が無いぞ”と感じたんです。その後も有銘からの2段坂でもアタックしたんですが、イマイチ決めきる脚が無くて。じつはおきなわ前にコンディションが落ちていて、微妙な感じで沖縄入りしたんです。

井上亮(Magellan Systems Japan)に喰らいつく畝原尚太郎(チームGINRIN熊本) photo:Makoto AYANO

GINRINの畝原君と2人になったときは、このまま最後まで行くんだろうと思っていました。彼のスプリント力を知らないので、坂で引きちぎろうとしたんですが離れてくれなくて。油断した面はあると思います。さらに2人に追いつかれてしまったと思っていたら、高岡さんにいきなりアタックされて。

中盤までも”いい逃げに乗れた”と思うときもあったけど、うまくいかず。しかし積極的な自分らしい走りができたし、今の力を発揮できたのでいいレースができたとは思います。高岡さんと大前君は、確かにチームとして機能している印象を受けました」。

井上亮は41歳の医師。優勝した大前と3位の畝原は、いずれも医者になりたての研修医だという。大前が「井上先生」と呼ぶのはそのためで、畝原は2019年ツール・ド・おきなわの井上の熱い走りを観て井上のことを知り、井上のブログを読んで参考にしてきたという。上位を医師が占めたのは、多忙ななかでも時間をやりくりしてトレーニングできる能力の高さ故だろうか?

医学生時代に愛三工業レーシングの選手として走ったという異例の経歴をもつ大前は、自身の自転車競技との関わり方について聞くと、次のように話した。

「今年から医師となりましたが、2年間は研修医として経験を積み、再来年以降は内科医へと進む予定です。医学生時代に休学して所属した愛三工業レーシングとの契約は、医者としてのキャリアのなかで選手の経験があるというのは稀なことなので、そこにチャレンジしてみようというものでした。だから医者になるのを諦めて選手になるというのはもともと無し。プロ選手になるという選択肢はなかったんです。

今、病院にはフルタイムで勤務しています。平日は朝と勤務後1.5時間づつ、3時間の練習時間があり、休日は5、6時間乗ることができる。週に15〜20時間ぐらいトレーニングしています。プロ選手のときの7、8割は乗れている計算です」。

「自転車レースとは自分にとって何?」との問いに、大前は悩みながらも次のように答えた。

「自分を解放してくれるものですね。ロードレースで戦っているときにしか得られないような感情や心の動き、その非日常感の虜になっているんだと思います」。
市民レース200km トップ10リザルト
1位 大前翔(Roppongi Express) 5:16:37.481
2位 石井雄悟(MASXSAURUS) +0:00.343
3位 畝原尚太郎(チームGINRIN熊本) +0:00.375
4位 岩間来空(Team Aniki) +0:01.011
5位 井上亮(Magellan Systems Japan) +0:01.553
6位 古谷朋一(内房レーシングクラブ) +0:06.023
7位 池谷隆太(PARK) +0:06.023
8位 高岡亮寛(Roppongi Express) +0:31.203
9位 中司大輔(堀場製作所自転車倶楽部) +2:12.025
10位 布田直也(MiNERVA-asahi) +2:16.263
text&photo:Makoto AYANO